こんにちは!メタル界の帝王!オジーオズボーンが死去しました。76歳でした
オジーオズボーンはブラックサバスのボーカリストとしてヘヴィメタルを確立し
ソロでも数々の名曲を生み出しました
オジーオズボーンの生涯は常に型破りで衝撃的です
波乱に満ちた経歴、生い立ち、数々の伝説的エピソード、そして唯一無二のカリスマ性
このブログでは、オジーオズボーンの軌跡を振り返ってみようと思います
興味のある方は読んでくださいませ
オジーオズボーンのデビュー前の生い立ち

オジーオズボーン(本名はジョンマイケルオズボーン)は!
1948年12月3日、イギリスはバーミンガムの労働者階級の家庭に生まれました
父親は工場労働者、母親は部品工場で働いており
オジーは6人兄弟のひとりとして育ちます。
家庭は決して裕福ではなく貧困と工業都市特有の厳しい環境の中で少年時代を過ごします
オジーは幼い頃からディスレクシア(読字障害)に悩まされていたそうです
学校の成績も芳しくありませんでした。
しかしオジーはビートルズの「シー・ラヴズ・ユー」を聴いたことで音楽に目覚めたので
その後は学校を中退し工場勤務や水道工事など様々な職に就きながらも
音楽への情熱は消えず地元で小さなバンドを結成して活動を始めました
一方で若き日のオジーは軽犯罪にも手を染め窃盗で逮捕され服役した過去もあります
しかし、その経験が彼の人生観を大きく変え
音楽こそが自分の生きる道だと強く意識するようになりました。
こうして彼は後にブラックサバスのメンバーと出会い
音楽史にその名を刻む第一歩を踏み出すのです
オジーオズボーン!ブラックサバスを結成
1960年代後半、オジーオズボーンは地元バーミンガムで音楽活動を続ける中
ギタリストのトニー・アイオミ、ベーシストのギーザー・バトラー、ドラマーのビル・ワードと
出会います。
当初は「Polka Tulk Blues Band」や「Earth」などの名で活動していましたが
1969年にブラック・サバス(Black Sabbath)と改名します
彼らは当時の音楽シーンにはなかった「暗く重たいサウンド」を追求しました。
1970年、デビューアルバム『Black Sabbath』を発表
雷鳴のようなギターリフ、地を這うようなベースライン、
そしてオジーの独特なハイトーンボイスが話題を呼びロック界に衝撃を与えます。
続く『Paranoid』では「Iron Man」「War Pigs」「Paranoid」など
今なお語り継がれる名曲を生み出しましたね
ブラックサバスは瞬く間にヘヴィメタルの先駆者として地位を確立しました
このバンドでの成功が
オジーオズボーンを「メタルの帝王」へと押し上げる原点となったのです
オジーオズボーンのソロ活動
1979年に薬物とアルコール問題が原因で
ブラックサバスを解雇されたオジーオズボーン
しかしここからオジーの第二の伝説が始まります。
この才能溢れるギタリストとの出会いにより
オジーはソロアーティストとして劇的な再出発を遂げます。
1980年、ソロデビュー作『Blizzard of Ozz(ブリザード・オブ・オズ)』をリリース
「Crazy Train」や「Mr. Crowley」などの楽曲が大ヒットしたのは
あまりにも有名ですね
オジーはソロでも圧倒的な存在感を発揮します
オジーの演出や奇抜なキャラクターはMTV世代の若者たちに熱狂的に支持されました
その後も『Diary of a Madman』『No More Tears』など数々の名盤を発表し
90年代にはオズフェスト(Ozzfest)というメタルフェスを主催
これにより新世代メタルバンドの登竜門としての地位も築き上げました
ブラックサバス脱退後も独自のスタイルで進化し続けたオジーオズボーン。
ソロ活動は彼の音楽的な多様性と生存力を証明し
メタル界における不動の地位を確立することとなったのです
オジーオズボーンの数々のエピソード

オジーオズボーンって検索するとコウモリとか鳩とか出てきます
その理由を少し書いてみます
オジーオズボーンがコウモリを食いちぎった事件!

オジーオズボーンの伝説の中でも最も有名でショッキングな逸話が
「コウモリを食いちぎった事件」です。
瞬間的にコウモリが動いたことで本物だと気づいたオジーは
すぐに病院へ運ばれ狂犬病の予防接種を受ける羽目になりました
本人は後にこの出来事を振り返り「あんなこと、もう二度とやらない」と語っています
多くの人々がこの出来事を恐れる一方で
彼の破天荒なキャラクターを象徴する象徴的な瞬間として語り継がれていますな
このコウモリ事件は単なるハプニングにとどまらず
オジーオズボーンという存在のカリスマ性と型破りな芸術性を物語る象徴的なエピソードです
オジーオズボーンが鳩を食いちぎった事件!

オジーオズボーンの型破りな行動を象徴するもう一つの伝説が
「鳩を食いちぎった事件」です
1981年ソロ活動を開始したばかりのオジーは
レコード会社CBSとの契約を祝うためにロサンゼルス本社を訪れました。
この予想外の行動により、その場は騒然となり
社員の多くが悲鳴を上げたといわれています。
本人いわく注目を集めるための「ジョーク」だったとのことですが
レコード会社の幹部は激怒したと言われています
それでも、この事件はメディアに大きく取り上げられ
逆にオジーの「危険で過激なロックスター」というイメージを決定づける結果となりました
この鳩事件は後にオジー自身も「やりすぎだった」と語っており
本人の中でも黒歴史的な出来事として知られています。
しかし同時に、このエピソードはロック界における彼の唯一無二の存在感を象徴する
忘れられない逸話のひとつでもあります
オジーオズボーンの晩年はパーキンソン病を患っていた

晩年のオジーオズボーンは、長年の激動のキャリアの影響もあり
健康面で大きな試練に直面していました。
このパーキンソン病との闘いは、オジーの肉体を徐々に蝕みながらも
精神の炎を消すことはありませんでした。
オジーは病と向き合いながらも音楽活動を続け
2020年にはアルバム『Ordinary Man』をリリース。
エルトン・ジョンやポスト・マローンといった異なる世代のアーティストともコラボし
年齢や病気を超越した創作力を見せつけました
2022年には『Patient Number 9』を発表しグラミー賞も受賞。
衰えを知らぬ創作意欲は多くの人々に希望と勇気を与えました
また家族との絆も深まり、妻シャロンとの長年の関係や子どもたちとの関係が
オジーの心の支えとなっていたことは多くのインタビューでも語られています
病気という試練の中でもオジーは最後までロックの魂を燃やし続けました
オジーオズボーンの死因は公表はされていませんが
パーキンソン病ではないかと言われています
まとめ
いかがでしたでしょうか
今回は!
【メタル界の帝王は永遠に】オジーオズボーンの生い立ちと名曲
について書いてみました
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数々のエピソードを書いてみました
私はオジーオズボーンの歌も、もちろん好きなんですが
ランディローズのギターも好きです
定番だとは思いますが
あなたも「Crazy Train」や「Mr. Crowley」の名曲を聴いてみてください
オジーオズボーンについてのブログ記事でした




